香港実家、ご挨拶終了

ひとまず無事に戻っております。

金曜夜から飛んで、あちらについたのが深夜。
そこから二人でホテルに向かい、翌日のお昼に香港ご家族とレストランにて初対面ですよ!
向かう途中の胃の痛さ、近年まれにみる緊張感でしたぞなも。

先に到着した我々二人。
席で落ち着かずにいると、ご両親と弟さん登場。
なにせお互い、言葉が不便。ゆえに頼みの綱はバイリンガル長男カンフー太郎。
会話は、彼を通して質問したり、答えたり、、、と、何とか意思疎通は図れたような気がいたします。

総じて申しますと、ご両親も弟さんも非常ににこやかに気さくに温かく、言葉のわからぬ未来の嫁を迎えてくださいました。
あちらも、初対面の日本人ムスメにさぞや気を使ったことだろうと。

ホテルの飲茶レストランにて会食を終え、じゃあ、夜は家に食べにおいで、、、とひとまずお別れ。
彼の父上は「サヨナラー」と日本語を話してくれたのでした。ありがとう、オトウチャン。

初対面後はすべてのエネルギーを使い果たした感じで、放心状態のワシ。
彼が観光しよう、どこに行きたい?と言ってくれるも、むっつりとエネルギー切れですよ。
連れて行かれるがままにお茶の博物館やら、中国茶芸館(本格的に中国茶を淹れてくれる喫茶店)などに立ち寄ったものの、なんつーかあんまり記憶がない。ふはは。

そして、その夜。さらにキンチョーの彼実家へ。
さすがに香港男性は厨房に入りまくる。ご両親がともに料理、ともに食卓準備。
そして、私のために並べてくれた手料理の数々!うれしいじゃありませんか。
驚いたことに、あちらは食卓にうすーいビニールを敷くのである。なぜだ!?と思ってお食事開始。
その謎がとけたのは、みなさんが魚や骨付き肉を食べた後のこと。
プっと食卓(つまり皿の外)に直に骨を吐きだすのだ!ひょええええ。これが噂の香港式か!と。
まぁ、こんなことで驚いてても失礼なので、ワシも郷にしたがってみました。さすがに手で置いたけど、骨。

そんな中でも、明るく無邪気な母上、それを静かにフォローする父上、言葉少なながらニコニコと接してくれる二男。
実のところ、あまりの緊張に空腹感はなかったものの、どれも美味しくできており、それなりにいただきました。私に気を使う、つまりは息子の連れてきた女性にイヤな思いをさせてはならぬ、という親の愛情が感じられましたねぇ。
お片づけはさすがに手伝わねば、と食器を片付けようとしたら「いいから!いいから!お客様なんだから座りなさい!」と母上。ちょっと日本の風景に似ていて、安心しました。

食事後は、テレビを見たり、おうちで飼う犬と遊んでみたり、おしゃべりしてみたり。
母上は私に贈り物をくれたり、「果物食べる?」、咳をしていた私に「薬飲む?」と、本当にお気づかいをいただきました。ありがたや。

こうして、翌日もまた夕食を外でともにし、私の初ホンコンは終わった・・・。

正直、疲れたよ!本当に最高に疲れた!
良さそうなご家族だったことに心底ホッとした反面、これからはお客様ではなく、家族になっていかねばならないのだ、と思うと、どこかで嫁的重圧がどどーーーんと。
ああ、気が重いである。これが義家族というものか。(とりあえず実家には泊まるスペースがないため、今後も来るときはホテル住まいになるはず。。。ヨカッタ!←心の声)
あとは香港の街のあまりの煩雑さが、疲労に追い打ちかけた気がする。
10年前に一度観光で来ているのだが、あのときは物珍しかったアジアのパワフルさも、この歳になるとエネルギー消耗の一因でしかないんだよぉぉ。あの喧騒は!

そんなこんなで最後の夜、あまりのストレスと緊張で、カンフ氏に今後の不安をもらしたところ、
「今から色々否定するな、みんな一緒に学んでいくことだから」
と一喝され、ハタと目からウロコが落ちました。

そうだそうだ、私が不安なのと同様、彼だって、彼の家族だって皆が初めての経験。皆が不安をもっている。
そんな手探り状態を重ねていきながら、ペースを作っていけばいいんだもんね。
そう思ったら、若干ラクになりにけり。

自分を大きくするチャンスだよ、と友人に言われ、あれやこれやの言葉を胸に、帰りのヒコーキでご両親の気づかいを思い起こして涙ぐみつつ、ワシの香港発訪問は終わった。
しかも、帰りのヒコーキは一人。カンフーはもう少しいたい、ということで私が先に帰国いたしました。
これまた初の「独りヒコーキ」。
初めてを体験することで、これまでの意気地なしから少しずつ脱皮していくべし。
人よりかなり遅い、ワシの自立、第一関門ひとまず完了。
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by rubico-teji | 2010-04-19 00:10 | 日々モロモロ…の巻