立て続けに、香港より

ひとしきり、先ほどのブログで心情吐露してみたら、ちょっとだけ冷静になれました。

そんなわけで、孤独解消のためにまたまたコンバンハ。
こちらは1時間遅れの蒸し暑い香港より、これを見てくださっている皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。

震災の当日、ビルの入り口の天井からは塗装の破片がポロポロと落ちてきて、これは中にいたのでは危ないとの判断で皆で目の前の通りに避難した。
その揺れる建物を外側から見たときの驚きたるや。
駐車した自動車が左右にユッサユッサ揺られ、鍵のしまっていない窓が激しく開け閉め動作を繰り返していた。

当日翌日は友達から親戚まで次々と無事を確認するメールが行き交った。
どこかで、苦境の時こそ人とのつながりの重さを認識できる時間だという言葉を見かけたことがあるが、本当にそう感じました。
まずまず私は無事に生きております、ありがとう、それだけでございます。

今考えるのは、今回のことでは、やはりオットと私、国籍の違いというか、祖国に対する気持ちの違いというか、そういうことも認識でき、良くも悪くもこれが国際結婚、異国人ということなんだと改めて感じたってことです。
しかしながら何を考えても、現実は1つ。
今を乗り切るしかないのだなと、ようやく思っています。

でも、またいつものように共感できないことに悩み、落ち込み、相手に心を任せられない自分にまた腹立つ。
こんなときも自宅での日々の日常に追われていればそれどころではないのでしょうが、時間のある避難生活だからこそ、余計なことを様々考えてしまうのだ。

もっと大きな視野を持たねば。
自分の世界で考えるから、相手との小さなことも許せない。

それでも、日本から私を思いやってくれる両親、友人、海外の地で同じように罪悪感を抱えながら日本を思う友人、香港で私を静かに見守ってくれる義両親。
ありがたや。

一緒に避難しようとオットが声をかけた私の両親でしたが、実家には猫も2匹。
仕事もあるし、自分らはここで頑張るよ、という言葉。
友人たちの両親も私の親も口々に言う。
住み慣れた関東を離れることはない。地震は怖いが、十分生きた自分らの年齢で放射線を避ける必要はないのだからと。泣ける。
でも、私がもし60代だとしても、やはりそう思うことだろう。

この連休、すっかり心身疲れ果てていた母を気遣い、父が休みの間だけでも名古屋方面にホテルを取りたいといった。
少しでも親の負担を軽くという一心で、香港からネットと電話で猫を連れて泊ることのできる宿泊施設を探した。

ところが、いくらケージに入れておきますからと言っても、関東から一時的に避難をしたいので、と言っても、当ホテルでは動物はお断りしております、といったところばかり。
わかる、わかるよ。保健衛生法で定められているのでしょう。
でも、時は非常事態。地震でもないのに揺れている感じがする、という恐怖心で疲れ果てた母親とニャンコを一緒に安心させてあげることもままならないのか。
10件以上電話しても、すべてダメでした。
わかっちゃいるけど、悔しい、腹ただしい、悲しい、むなしい。
結局、当事者じゃない場所ではそんなものか、と思わざるを得なかった。

と同時に、阪神大震災の時は関東でもこんなに他人事だったのかもしれないとも思った。

それでも最後に電話したホテルでは、近くのペットホテルを紹介してくれた。
そこに預けるのはいかがでしょう、うちのホテルの部屋はまだ確保できますから、と丁寧に言ってくださった。
そのときの有難さは筆舌に尽くしがたい。ホントに。
一旦は諦めかけた両親の連休一時避難でしたが、結局、ペットホテルに問い合わせるとこちらもまた温かく対応していただき、両親は猫を連れて無事に週末を名古屋で過ごすことができた。

1000年に一度という大災害。
親世代には晩年は苦しかった、という思い出だけを残さないように、明るい今後を見出せるように。

特に被災地の皆さんにとって、私ら被害の少ないものが何かできるように。
最後に残るのは人とのつながりだ、と心底思う現在です。
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by rubico-teji | 2011-03-22 19:35 | 生きる…の巻