洋食の礎 「ソース」の味
先日開始した夏の読書週間。
第一弾として手に取った池波正太郎の『むかしの味』では、昭和の老舗が情景豊かにつづられており、私の30年前の記憶もオーバーラップしました。
たとえば、洋食屋の出前。
ここに登場する東京神田の「松栄亭」は母の実家にほど近く、
昔、週末になるとは祖父宅に集合していたイトコや伯父伯母たちとの夕食には
たびたびこの松栄亭の出前が登場したものだった。
(おそらく現在は出前は不可。)
エッセイに書かれていて、にわかに記憶が呼び起こされたのが、出前の際に使われた「木枠」。
これは料理の乗った皿を重ねるとき、その料理を囲うようにして皿にのせて、その上に同じ皿をのっける、というシンプルにして合理的なシロモノなんであります。
真っ白な丸い皿にのった松栄亭名物「かきあげ」とキャベツ、そしてセットされた木枠。
30年前、まだイタズラ盛りだった我々子供軍団は、この木枠が一体何の役割を果たすものなのかなぞ全く知らないで、イタダキマスを待たずに木枠を腕にハメたり、階段の上から転がしてみたり、アタマにかぶってみたりと、おもちゃ扱いだったのだ、そういえば。
(その木枠が正確に使われているところを見たことがなかっただけに、余計にナゾの丸い物体だった)
この木枠、ご存知の方いらっしゃるでしょうか??
いま、見ないもんなぁ。というか、プラスチックで代用されているのは知ってる。
洋食といえば。
そこに欠かせなかったのが「ソース」に違いないのです。
で、最近思ったのには、食卓にこの「ソース」が登場する機会がめっきり減った。
ところが『むかしの味』には、この「ソース」をたっぷりフライに染み込ませて食べる喜び、ってのがつづられており、これはまさしく我が祖父、そして母にも通じた“昭和の掟”なのねぇと感慨に浸りました。
ウチの母などはかなりのソース好きだったため、幼少時のるび子家はフライはもちろん、冷やしトマトにソース、カレーライスにソース、天ぷらにソース、千切りキャベツにソース、ポテトサラダにソース、目玉焼きにもソース・・・というソースオンパレード。
で、のちのち、中学の頃だったでしょうか、目玉焼きに何かける?という話題になり、
何の疑問もなく「ソース!」と答えたら、周りに一斉に驚愕されたことが逆に驚きで、今でもよく覚えておりますさ。
こっちからしたら、目玉焼きに醤油のほうが衝撃だったよ!という事件。
(でも、圧倒的に醤油派多数、ソースは異端児扱いだった)
祖父にいたっては、冷ややっこにもソースをかけるほどの、ソースかぶれだったそうな。
つまりはそれくらい、昭和初期の食卓で、ソースの味というのはご馳走だったに違いありませぬ。
小さなレストランを開いているカナダ在住の友人(日本人)いわく、
「お好み焼きやたこ焼きなんかを現地で作ると結構人気なので商品化したいのだけど、この肝心の日本の「ソース」を使うとなると採算が合わない」と。
要するに、現地には「ソース」に代わるような味のものがない。
かといって、日本の輸入品を取り寄せるのはバカ高い。
というわけで、彼女、なんとハナから手作りしてました!すごい。
それくらい、ソースって祖国の味なんだなぁ。
ちなみにアタクシはブ○ドックの中濃ソースが好きです。ドロ派!
by rubico-teji | 2011-07-29 11:30 | 食べる…の巻